1.はじめに
道路に関連した地理空間情報の中でも,道路地図は,道路の設計や維持・管理計画の立案,補修工事の実施,経路案内,さらには今後急速な発展・普及が見込まれているITS (Intelligent Transport Systems;高度道路交通システム)や,ADAS (Advanced Driver Assistance Systems;先進運転支援システム)を実現する上で必要不可欠な基礎データとなっている。現在一般的に使用されている道路地図(ベクトル地図)では,道路境界やそれに付随する地形や地物等,ごく限られた情報のみが平面図上に表現されており,道路周辺の建物や街路樹等の沿道環境やランドマークについて,効果的に現況を把握することが必ずしも容易ではない。
本稿では,道路および沿道に関する直感的な現況の把握を可能とする新たな地理画像表現である「全方位道路展開図」について紹介する。同展開図は,MMS (Mobile Mapping System;移動計測車両システム)によって連続的に撮影された全方位画像を用いて,MMSの走行経路に沿った沿道の画像を擬似的に道路面上での画像として展開し,表現するものである1)。生成された展開図は,道路周辺現況の視認性を向上させる単なる画像閲覧用途にとどまらず,通常のオルソ画像と同様に位置や距離等の簡易計測が可能である。そのため,同画像は道路地図の整備の効率化への活用の他,経路誘導用の背景図としての利用,Google社が提供するWebサービスであるストリートビューを代替する,より直感的な空間表現手法としての活用等,様々な用途に用いることができる。
2.全方位道路展開図の作成手法
全方位道路展開図の作成フローを図-1に示す。全方位画像の取得・合成から展開図の作成までの各ステップでの使用データや処理の概略について以下に述べる。
図-1 全方位道路展開図の作成フロー
図-2 三菱電機社製MMS「MMS-X220」の計測装置の概観
(1)MMSによる道路沿道の空間情報の収集
道路沿道に関する空間情報として,ここでは三菱電機社製のMMSである「MMS-X220」(図-2)から得られた各種の計測データを使用した。車両の天板に設置されたユニット上には,デジタルカメラの他,3次元レーザ計測装置,GNSSアンテナ,IMUが搭載されており,また,全方位カメラとしてPoint Grey Research社製の「Lady- bug3」が搭載されている。
(2)全方位画像撮影データによる全方位画像の合成
全方位画像(図-3)は,車両の走行距離が約1~2mに対し1枚ずつの間隔で撮影され,システムの自動処理によりパノラマ合成画像が作成される。ここではより高精度な画像計測を実現するために,パノラマ合成前の原画像(6台のエリアカメラ画像)を用いて,キャリブレーション付きバンドル調整によって別途算出した各カメラの内部パラメータ(補正焦点距離やレンズ歪み係数等)を使用し,より高精度なパノラマ合成処理を行っている。
図-3 全方位画像の例
合成前の撮影画像(6枚)
合成後の全方位画像(球面投影画像)
(3)MMS車両の自己位置姿勢データ
MMSから得られる車両の自己位置姿勢データ(GNSS/IMUやオドメトリ等から算出)は,撮影カメラの取り付け情報(車両上のIMU原点に対するカメラの位置姿勢情報)と併用することにより,全方位画像に対する擬似正射投影変換処理およびその投影面の設定に使用される。
(4)道路沿道空間モデルの設定
通常,オルソ画像は,外部標定要素(撮影時の位置・姿勢情報)が与えられた空中写真に対し,数値地形モデルを用いて写真単位に正射投影変換を行い,同様にして作成された複数の画像をモザイク処理(画像の接合)することで生成される。全方位道路展開図の作成の場合も手順は同様であるが,画像の投影面や数値地形モデルに対する考え方が通常の場合とは異なっている。同展開図の作成では,道路周辺の地形の現況(数値地形モデル)をより単純なモデルによって近似する。この近似モデル(道路沿道空間モデルと称する)は,MMS車両の走行経路と既存のGISデータ,あるいはMMSによるレーザ点群等を利用して設定される。この道路沿道空間モデルは,オルソ画像の擬似投影面としても使用される。モデルの設定例を図-4に示す。トンネル状のモデルを設定した場合には,上空を含む展開図が生成され,溝状のモデルを設定した場合,上空を含まない展開図が生成される。
図-4 道路沿道空間モデル(擬似投影面)の設定例
MMS車両走行軌跡
トンネル状のモデル
溝状のモデル
図-5 全方位道路展開図と道路沿道空間モデルとの紐付け
(5)全方位道路展開図の生成
全方位道路展開図は,(2)で述べたより厳密な合成処理を行って生成された全方位画像と,その画像に対応した外部標定要素,および道路沿道空間モデルを用いて作成される。車両の走行に伴って連続撮影された各写真において,投影後の地物の歪みがより小さくなるように,幾何学的な歪みの少ない写真の中央付近の画像を使用して擬似正射投影画像を作成し,その後,複数の画像によるモザイク処理を行う。また,各画素には,その画素に相当する沿道空間モデル上の3次元地上座標や,使用した画像のID等の情報が与えられている(図-5)。
3.全方位道路展開図の作成例と精度評価結果
実際のMMS撮影データを使用して,紹介した全方位道路展開図の作成を行うとともに,同展開図から得られる地上座標(簡易計測値)と,全方位画像のステレオ計測によって得られる地上座標との比較を行った結果を示す。
(1)全方位道路展開図の作成
展開図の作成は,MMSで撮影された2箇所のサイト(東京都渋谷区および福岡市)における計測データを用いて行った。いずれのエリアも林立する高層ビル群や街路樹等により上空視界が妨げられ,GNSS衛星からの電波の受信状況が良好ではない環境であるため,展開図の作成に必要な幾何学的な位置精度を確保するために,連続撮影された全方位画像を用いたフリーネット空中三角測量を実施した。その結果,車両の位置姿勢精度は地図情報レベル500の道路地図の作成に必要な作業規程上の幾何学精度を満たしていることを確認した。
図-6および図-7はそれぞれ,東京都渋谷駅周辺と福岡市博多駅周辺を対象として作成した全方位道路展開図である。生成された展開図は2次元の画像でありながら,道路沿道空間の現況に即した視認性の向上や臨場感を保持しつつ,従来の3次元モデルによる表現では困難であった対象領域を一度に俯瞰した地理画像表現を実現していることが分かる。
図-6 全方位道路展開図の作成例(渋谷駅周辺)
図-7 全方位道路展開図の作成例(博多駅周辺)
表-1 全方位道路展開図による簡易計測とステレオ計測結果との較差(単位:m)
(2)全方位道路展開図による簡易計測精度
展開図の各画素は,作成時に使用した画像や撮影位置,沿道空間モデル上の3次元地上座標等との紐付けが行われているため,画像の単独使用による地物の簡易計測の他,MMSによる全方位画像やレーザ点群を併用したより詳細な3次元計測が可能となっている。
沿道の道路縁の変化点や,建物壁面の角等の17地点を選点し,全方位道路展開図から読み取った3次元座標(道路空間沿道モデル上の座標に相当)と,同一地点を2枚の全方位画像によりステレオ計測した場合の3次元座標との較差をまとめた結果を表-1に示す。表中のdx, dy,dzはそれぞれ,地上座標におけるX,Y,Z軸方向での較差を示している。この表から,全方位道路展開図の作成時に設定された道路空間沿道モデル付近に存在する地物の場合,簡易計測でも比較的良好な計測精度を有することを確認することができる。
(3)全方位道路展開図の活用例
図-8に案内マップの代替として全方位道路展開図を活用する例を示す。従来の案内図では文字を主体とした案内がなされており,店舗名と実際の店舗との照合を直感的に行うことができない。一方,全方位道路展開図を活用した場合,現在地や目的地と実際の景観との対比による直感的な店舗の把握が可能となる。その他,道路台帳附図の調査図や,カーナビゲーション用の背景図,建築物の前景や街路景観の評価に用いられる沿道のファサード画像の代用等,多様な用途に活用が可能である。
図-8 案内マップへの活用例
4.おわりに
本稿では,道路沿道の現況把握をより直感的に行うことを可能とする新たな地理画像表現手法である全方位道路展開図とその活用事例について紹介した。同展開図は, MMSによって収集された空間データをもとに,一般的なオルソ画像の作成に準じた手順に基づいて,沿道路面や,道路に面した建物の壁面,街路樹等の地物を擬似的な正射投影変換処理によって作成するものである。
生成された展開図は,通常の2次元地図では表現できない沿道の建物や構造物の俯瞰が可能であり,道路沿道の現況に対する高い視認性を有している。また,沿道のファサード画像の投影により,3次元モデル表現による高い臨場感といった特徴を保持しつつ,一度に俯瞰可能な対象範囲の狭さといった従来手法における表現の問題について解決がなされている。さらに,画像の各画素に紐付けされた空間情報をもとに指定した位置に関するより詳細な空間データの参照が可能となるため,道路地図等の整備や更新時における作業効率の改善への活用も可能である。他にも,直感的な経路誘導や景観評価等,様々な用途への利用が期待される。
参考文献
1)陳天恩,崔載永,坂元光輝:全方位道路展開図による道路周辺現況把握の効率化に関する検討,応用測量論文集,Vol.27,pp.3- 14,日本測量協会,2016.