道路のコンディションを良くしたい
わが国の道路のコンディションは他国に誇れるほど素晴らしい。道路を走行中、コンディションに不満を感じたことはそれほど多くない。安心してどこへでも移動することができる、新鮮な野菜、果物が食卓に並ぶ、病気や怪我をした場合、救急車で応急処置をしながら病院へ、これらはすべて快適な道路からもたらされる恩恵である。道路のコンディションを良くしたい、この想いは万国共通であろう。建設された道路はいずれ劣化が生じる。残念ながら劣化しない構造物はない。コンディションを維持するためには、劣化したら補修する、その単純な繰り返しである。しかし、目的は同じであってもそこに至るアプローチ、導入する技術、システム等は、国によってまったく異なってくる。そこに、Ready-Madeのシステムは存在しない。
ベトナムでの道路維持管理に関する活動
私は約10年、ベトナムの道路維持管理に何らかのアプローチにて携わってきた。京都大学はベトナム交通通信大学(UTC:University of Transport and Communications)と協定を締結し2006年から道路維持管理・アセットマネジメントのトレーニングプログラムを提供している。一方、2012年にJICAによる道路維持管理能力強化プロジェクトが実施され、アセットマネジメントのコンサルタントとしてプロジェクトに参加した。さらには、パスコは2014年にUTCに寄付講座を開設し、ベトナムでの道路アセットマネジメントの共同研究プログラムを立ち上げた。
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海外で評価される技術とは何か
写真1 ベトナムでの路面性状調査
2012年からの道路維持管理能力強化プロジェクトにおいて、道路の維持管理の基礎資料となる路面の状態を計測するプロジェクトを実施した(写真1)。ハノイを含むベトナム北部のエリア、交通運輸省道路総局が管理する国道約2300kmを対象とし、路面の損傷状態を最新技術の装置を搭載した自走計測システムを用いてデータを取得し、アセットマネジメントの基礎となるデータベースを構築した。車輌に搭載した各種センサー、カメラ、スキャナーを用いて道路を走行しながら路面の損傷(ひび割れ、わだち掘れ、縦断プロファイル等)を計測した。調査範囲はハノイ周辺の市街地から中国、ラオス国境に至る山間部の国道を含んでおり、道路の規格、路面の損傷形態、気象条件等、日本とは異なる環境下での調査であった。また、ベトナム政府の技術者への技術移転のため、On the Job Training(OJT)を実施した(写真2)。体感温度50℃を超える灼熱下での現場調査、想像を超えた路面の損傷(崩壊)、自動車とバイクが交錯する交通事情等、その都度、ベトナムのエンジニアと相談しながら現場作業を事故なくこなした。
写真2 ベトナム政府技術者との協働作業
ベトナムの道路維持管理では、統一的な仕様に基づき路面の調査を実施し信頼性の高いデータベースを構築したのは初めてであった。その後、そのデータを用いて自ら分析を試み、議論をする光景をよく見かけるようになった。取得したデータの取得方法、利活用方法、ベトナムの道路の状態に合わせたカスタマイズの方法等に関する議論を始めた。
協働作業の後、OJTの参加者に今回のプロジェクトの成果、日本の技術についてのアンケート調査を実施した。適用した技術に関する意見、改善点等が聞けるものと予想していたが、実際は「日本のプロフェッショナルな仕事のやり方が勉強になった」という意見が最も多かった。日本の技術は評価され受け入れられた。しかしその技術は最新技術の計測システムではなかった。計測現場での工程・安全管理、データのエラーチェック、解析データの品質管理、データの利活用方法に関するディスカッション等、それらを総合した技術が受け入れられたのである。技術とは何か、ベトナムのエンジニアから改めて学んだ。
日本の技術をベースとしたカスタマイズ
私たちは何をもって評価されるのか、それをベトナムのエンジニアと一緒に汗をかくことでヒントを得ようとしている。土台となる最新技術の追求はエンジニアとしての当然の責務である。そのうえでベトナムの道路のコンディションをどうやって改善していくのか、それについて真剣に考えること、また一緒に考える環境を整えること、さらにそれを継続できて初めてコンサルタントとして評価される。そのためには彼らの考え、ニーズを真剣に分析し、日本の技術を土台として現場のニーズを盛り込んだカスタマイズしたシステムにつくり替えることが重要である。日本の技術のどこが"Cool"なのか、それは私たち日本人が考えるものと現地のエンジニアが考えるものは異なる。それを知るためには、やはり現場に入り溶け込むほか、近道はない。
前述のプロジェクトの後、路面性状測定システムが1台、ベトナム政府に導入された。また、UTCの道路アセットマネジメントの共同研究プログラムにおいて、新たに取得したデータを用いて、道路の劣化速度がはやい区間のベンチマーキング評価、ベトナムの道路状態を考慮したメンテナンス計画の作成方法等についての研究を開始した。きっかけは日本から導入された技術であっても、それを彼ら自身が理解し、導入することを検討し、カスタマイズすることに興味を持ったことは、ベトナムにおける新しい道路維持管理の形を彼ら自身で構築する第一歩となったと言えよう。ベトナムのエンジニアが自ら、「ベトナムの道路のコンディションを良くしたい」という想いをもち、そのために何をすべきかを考えている。今、ベトナムの道路維持管理は次のステージに差し掛かっている。
継続するためには
やはり私たちは全体の枠組みをはじめから構築することはあまり得意ではないのかもしれない。しかしながら、本事例のように現場のコミュニケーションから泥臭く積み上げていくモデルも決して悪くはない。道路のコンディションが日々変化するように、道路維持管理も変わっていく。議論と実践を繰り返し、一歩ずつ確実に改善していくことを現場で実感できるよう、活動を続けることが重要である。次に何をすべきか、ベトナムのエンジニアと一緒に真剣に議論したい。