[語り手]三島 研二氏 (株)パスコ 研究開発本部兼技術統括本部 技師長
[聞き手]神谷 啓太 学生編集委員
2015年10月27日(火)パスコ本社 にて
土木を、世の中を縁の下で支える「スゴ腕土木人」へのインタビュー。
今回は、精密測量の第一人者、三島研二さんに話を伺った。粒子加速器や天文台など、科学の実験装置や施設を高精度かつ広範囲に設置する際には、地球の曲率を考慮した高度な精密測量技術が必要になる。三島さんは±0・1㎜の精度を実現させ、国内の多くの主要な粒子加速器や、山梨リニア実験線のガイドウェイの設置などに携わってきた。
測量技術のデジタル化で電気技術者が求められた
──ご専門の分野と、いまのお仕事を選んだ理由を教えてください。
三島──専門は測量、なかでも精密分野に特化した測地を手掛けています。入社した1980年前後は、ちょうどアナログの測量からレーザーやコンピュータが導入されるようになった「はしり」の時期でした。学生時代にはまだ計算尺を使っていましたからね。やがてGPSも登場し、技術の進歩に合わせて測量方法も大きく変わっていく節目だったと思います。
最初の仕事は、メコメーターという光波測距儀を使って地殻変動や大型土木構造物の変動量を計測するものでした。メコメーターは±0・2㎜の測定精度を持つ高精度な機械ながら、温度によって変化する周波数を補正するため、オシロスコープも同時に使用する必要がありました。こうした計測は従来の測量技術の範疇ではないということで、私のような電子工学出身者が採用されたわけです。私自身もコンピュータ関係に進むより、電気系の人材が少ない測量の世界のほうが重宝がられるのではないかと考えて、この道を選びました。
ノーベル賞の実験を支えた加速器の測量とアライメント
──最近は、どのようなお仕事に取り組んでいますか。
三島──粒子加速器の「サーベイ& アライメント」と呼ばれる分野、つまり電磁石などを精度よく並べていく仕事が中心です。国内最大の衝突型加速器「KEKB(文部科学省高エネルギー加速器研究機構のBファクトリー)」や、茨城県東海村にある世界最大強度の陽子加速器「J -PARC」など、国内の主要な粒子加速器の設置に携わってきました。電子や陽子などの粒子を光速近くまで加速させるためには、加速器の機器類を±0・2㎜の高精度で設置する必要があります。アライメント誤差があると、粒子ビームが加速の途中で発散して消滅してしまうからです。
写真1 J-PARCの測量& アライメント
J -PARCの仕事は、建設工事の最初から完成までの、2002年から2010年まで8年間に及びました。
加速機器のアライメント精度を担保するためには、測量時に観測対象までの見通しを確保する必要があります。それが可能となるように、建設側に要求して建屋の設計変更をしてもらったこともあり、建設工事の最初から付き合わせていただいたわけです。
大規模な加速器のアライメントでは、測量の誤差をいかに均等化できるかが重要です。たとえば、周長が数kmに及ぶような周回加速器などの場合、10~20mの範囲で測量するレーザートラッカーの測量結果をつなげていくと、どうしても誤差が累積します。地球の曲率を考慮したうえでこの誤差を理論的に分散するには、高度な数学を用いなければなりません。そのため、電気、測量、数学の知識を総動員する必要がありました。
加速器は、放射光などの分光技術、がん治療などの医学分野で応用されています。大型加速器は複数の日本人科学者がノーベル賞を受賞している素粒子物理学の研究にはとりわけ重要な装置です。科学技術の発展に測量を通して貢献できたのは、私にとって大変光栄なことでした。
山梨リニア実験線にGPSを初めて導入
──土木分野ではどのようなお仕事が印象に残っていますか。
三島──1994年に手掛けた山梨リニア実験線の仕事が思い出深いですね。64㎞にわたる測量でしたが、発注者の日本鉄道建設公団(当時)から与えられた期間はわずか3ヶ月。従来の測量方法では間に合いません。そこで、まだ測量ではほとんど実績のなかったGPSを使うことを提案しました。発注者も「未来の乗り物に新しい測量技術を使うのは縁起がいい。やってみよう」と賛成してくれました。とはいえ、当時はまだGPSが何者なのか、はたして要求精度を満たすことができるのか、確信が持てず、測量の最中は不安でした。実際にトンネルが貫通したときにはホッとしましたね。
当時、1台2000万円もするGPS受信アンテナを4台購入するのですから、当社としても大きな経営判断だったと思います。若かった私は、大阪、東京はじめ全国の役員にGPSのポテンシャルと「先行者優位」を説得して回ったのが懐かしく思われます。
多方面に興味を持ち全体を俯瞰できる技術者に
写真2 川治ダムの変動量調査測量
──学生や若手技術者へメッセージをお願いします。
三島──若い人たちに伝えたいのは、いろいろなことに興味を持って主体的に勉強してほしいということです。測量機械が進歩するにつれて、機械の原理に関わる部分のブラックボックス化が進んでいきます。また、公共測量の場合、作業規程の準則が整備され、各作業の手順が細かく規程化されていて、工夫の余地はほとんどありません。しかし、規程に縛られる必要のない測量の場合、測量器械の原理はもちろん、電子工学や機械工学の知識があれば、機械の性能を最大限に引き出すことも可能です。他の土木分野でも似たようなことはたくさんあるはずです。
これからはますます、専門分野の境界が薄れていくでしょう。たとえば、衛星測位システムは、従来からの測量だけでなく、カーナビや携帯の道案内、天気予報、ロボットの制御など幅広い分野で活用されるようになりました。準天頂衛星システムが完成すれば、さらにその範囲は広がります。技術の相互乗り入れも進むでしょうし、全体的に俯瞰できるエンジニアが求められていくと思います。若手の皆さんには、自由な発想で羽ばたいてほしいと思います。