1.はじめに
地方公共団体の都市インフラ(公共施設及び土木インフラ)は、高度経済成長期に集中的に整備され、先進国としての我が国の高度な経済活動と国民の生活水準を支えてきた。しかし、その都市インフラは老朽化が急速に進行しており、少子高齢化や人口減少の進行と共にインフラの維持管理が困難になると、我が国の経済活動と国民の生活水準が維持できなくなってしまうのではないか、という懸念がある。
一方、今後の地方公共団体におけるまちづくりは、人口減少・少子高齢化、都市の低密度化などの避けて通ることができない都市課題に対し、コンパクト・プラス・ネットワークや立地適正化計画制度といった都市計画施策と、公共施設の再編や土木インフラの再生といった、都市インフラのマネジメント施策との整合を図ることによって「目指すべき都市像」を明確に描き、実現に向けた取組を講じる必要があると考える。
本稿では、都市計画などの空間データと都市インフラ情報をGIS(地理情報システム)で分析し、これらのデータに立脚した都市インフラマネジメントの検討手法を紹介するとともに、今後、小規模な市町村が管理する都市インフラの維持管理業務を、民間事業者が一括して担うような新たな産業創出の可能性について論じたい。
2.空間データに立脚したまちづくり
図 未利用土地資産を自動抽出した例
各種都市計画や都市インフラは、すべて文字数値データと、点・線・面の図形で構成される空間データで表現することができる。これらのデータをコンピュータ上で「重ねがけ」し、視覚化することによって、合意形成や意思決定者を支援するツールがGIS(地理情報システム)である。もっとも身近なGISは、カーナビゲーション・システムやインターネット地図サービスがあげられる。
地方公共団体における都市インフラの老朽化対策の取組は、平成28 年度末までに国のインフラ長寿命化基本計画に基づく行動計画(公共施設等総合管理計画)の策定が98.1%の団体で完了したことから、今後は、平成32年度までに公共施設(ハコモノ)道路、橋りょう、河川、公園、上下水道など、分野ごとに個別施設計画を策定し、点検、診断、補修・修繕といったメンテナンスサイクルを実施する段階へと移行し始めている。
そこで課題となるのが、都市インフラに係るデータ整備とその活用である。都市インフラに係るデータとは、公共施設(ハコモノ)道路、橋りょう、河川、公園、上下水道などの施設の諸元や、修繕工事履歴情報などの「ストック情報」、施設に係る光熱水費や維持費等の「コスト情報」、利用者数や交通量など施設が提供する住民サービス供給量の「サービス情報」、施設の位置、地域の人口や都市計画用途地域、立地適正化計画の誘導区域、ハザードマップなどの「空間データ」である。
これらのデータは、最終的にはすべての情報をデジタル化し、GISで各種分析等に活用できるようにすることが望ましいが、データ整備に係るコストの縮減が課題となる。そこで、庁内にあるデジタルデータを活用して、まずは簡便にスモールスタートさせることが考えられる。
例えば、地方公共団体で整備されている公有財産台帳と、税務部門が管理する固定資産税台帳の地番図データや航空写真データなどの空間データがあれば、GISで重ねがけすることによって、公有財産台帳に存在していない未利用の土地・建物資産を自動抽出し、簡単に発見することができ、資産の売却や有効活用につなげることができる。
3.空間データに立脚した都市インフラの再編
図 GISによる公共施設配置評価の例
全国の地方公共団は、先述のとおり、平成28年度末までに国のインフラ長寿命化基本計画に基づく行動計画(公共施設等総合管理計画)の策定を98.1%の団体で完了した。行動計画(公共施設等総合管理計画)とは、地方公共団体における公共施設(ハコモノ)及び土木インフラの総合的かつ計画的な管理を推進するための上位計画であり、計画策定後は、分野ごとに公共施設再編計画や長寿命化計画等の「個別施設計画」を策定すること、及び「これらの計画に基づき点検・評価を実施した上で適切な措置を講じること」が求められる。
また、公共施設(ハコモノ)だけではなく、土木インフラを含めた短・中期的な具体の修繕・更新計画の議論を本格化させることが課題となる。
都市インフラの再編においては、基本情報(ストック情報、コスト情報、サービス情報)に、空間データ(施設の位置、地域の人口や都市計画用途地域、立地適正化計画の誘導区域、ハザードマップなどのデジタル地図データ)をGISで重ねがけすると、公共施設等の配置が適正であるかを定量的かつ、視覚的に評価することが可能となる。
例えば、長年にわたって人口増加を前提とした都市計画や地元要望・協定、首長公約等によって保有量が増大し続けた都市インフラを、GISによるエリアマーケティング(民間商業施設等の商圏分析)手法を用いて、望ましい施設配置と、その乖離状況を分析することが考えられる。具体的には、公共施設のサービス圏の重複状況や、町丁目別人口・人口構成・将来人口の状況を重ねがけすることによって、空間データに立脚した視覚的に分かりやすい分析資料を作成することが可能になる。
さらに、都市インフラに係る基本情報と空間データがあれば、公共施設機能の複合化の検討や、地域間または隣接自治体間での共同利用の可能性の検討、代替可能な国・都道府県施設や民間施設への住民のアクセス性の評価、災害リスクの評価ができるようになり、公共施設等の再編にあたって、様々なシミュレーションを行いその妥当性を評価し、合意形成を図りながら進めることが期待される。
例えば、公共施設の再編・再配置計画で「廃止」と判定された施設であっても、周辺に代替施設が無ければ廃止は困難となる。このような場合、周辺の代替可能施設の分布状況によっては、「維持」とする施設との統廃合や複合化の可能性を検討することができる。また、統廃合や複合化等に伴うサービス圏人口の変化を把握し、市民サービスへの影響を定量的にシミュレーションすることによって、市民や議会に具体的なデータを示しながら説明責任を果たすことができるようになる。
さらに、町丁目人口や公共交通機関ネットワークの空間データを活用すれば、庁舎や図書館など公共施設等の再編(統廃合、移転・建替え、多機能化)の検討において、公共交通機関を利用した市民の近接性(アクセシビリティ)を定量的にシミュレーションすることが可能となる。
例えば、コンパクトシティ政策の観点から、駅やバス停留所といった公共交通機関から離れている公共施設を、駅前等の集約拠点へ移設する再編を検討する場合、住民が公共交通機関を使って公共施設に一定時間内に到達可能なエリアと人口を、集約前~集約後で計算し、色分け表示した地図を作成することができる。これにより、公共施設等の再編によって多くの住民の利便性が向上することを、定量的かつ視覚的にわかりやすく説明できるようになることが期待される。
このように、空間データを活用すれば、GIS上の仮想都市空間で、まるでゲームのように自由にシミュレーションすることができるようになるとともに、空間データに立脚した視覚的にわかりやすい分析資料を用いて、住民や議会に説明が可能となり、総論賛成・各論反対に陥りやすい都市インフラの再編に対する合意形成と説明責任を果たす有効なツールとしての活用が期待される。
また、人口減少局面を機に、長年にわたって保有量が増大し続けた都市インフラを、近隣住区論に基づいてリセットしてみる考え方がある。
例えば、小中学校区を基本に、都市インフラの理想的な総量を近隣住区論に基づいて設定し、近隣センター、地区センターとして再配置し、将来都市像にどのように適応させて行くか、といった大胆な検討も考えられる。GIS上の仮想都市空間であれば、このような様々なシミュレーションが、空間データに立脚した格好で自由自在にできるようになる。
4.空間データに立脚した土木インフラの統合的なマネジメント
地方公共団体の資産の多くを占める土木インフラは、人口減少局面においても総量縮減が困難な一方、限られたコストで質の高いインフラサービスを持続的に提供する必要がある。このことから、修繕コストの縮減と、更新コストの平準化方策の議論を本格化させることが課題となる。
土木インフラの老朽化対策の問題は、庁内分野横断的な課題であることから、従来のような分野ごとの個別最適から脱却し、インフラの分野横断的な「統合的なインフラマネジメント」といった、全体最適にシフトする考え方がある。
具体的には、将来都市像の実現に向けた「まちづくりの視点」や「財務改善の視点」を重視した、長期的、全庁的な取組である。例えば、道路、橋りょう、河川、公園、上下水道などの土木インフラ台帳データと、将来都市像や立地適正化計画の都市機能誘導区域・居住誘導区域等の空間データをGIS で重ねがけし、分野横断的な「統合的なインフラマネジメント」に活用することが可能となる。
さらには、インフラ施設の老朽化状況を数値化したデータと、都市機能誘導区域内か区域外かといった空間データから取得するデータから、保全予算の分野横断的なトリアージ(優先順位付け)を行い、予算の平準化方策を検討することが考えられる。
また、これとは逆に、都市インフラの整備状況を踏まえて、地方公共団体が保有する低未利用土地資産などの活用可能性について優先順位付けする、トリアージ手法も考えられる。
さらに、コスト縮減のための道路・橋梁と下水道等の分野横断的な合併工事(面的同時施工)、コンパクト・プラス・ネットワークのための道路ネットワークの形成、防災まちづくりのための緊急輸送道路の形成など、地方公共団体の課題に応じた整備水準の設定、予算査定を順位付けするトリアージ手法の導入が考えられ、従来の分野別個別最適から、将来のまちづくりと財政運営を連動させた「統合的なインフラマネジメント」への展開が期待できる。
図 市民の近接性(アクセシビリティ)評価の例
図 分野横断的なインフラマネジメントのイメージ
5.都市インフラ運営産業創出の可能性
図 インフラマネジメント会社のイメージ
平成28年11月、国土交通省はインフラのメンテナンスサイクルを着実に回すため、また行政と国民、民間企業や大学等の研究機関、NPO等の多様な主体が一丸となって取り組むため「インフラメンテナンス国民会議」を設置した。このように、都市インフラを効率的・効果的に維持管理していく体制を確保し、都市インフラを社会全体で維持管理するパラダイムへの転換を図ることは、全国的な課題である。
平成28年地方公共団体定員管理調査によると地方公共団体の職員数は、平成7年から22年連続して減少し、総職員数は約2割(54万人)減少した。そのうち土木部門は約3割減少し、専門的人材の減少割合が大きいことから、小規模市町村ではインフラマネジメントのメンテナンスサイクルの運用が困難ではないか、といった懸念がある。
一方、地方公共団体の多くを占める小規模市町村が、個別に専門的人材を抱えることは現実的ではない。また、経済原理に基づく持続可能な維持管理手法を提案し、実行できる主体は民間事業者であり、米国では既に実績がある。
都市インフラ(公共施設及び土木インフラ)の点検、診断、補修・修繕業務を、地元等の民間企業やJV(共同企業体)、SPC(特定目的会社)などが分野横断的に包括的、長期的に担う新たな仕組みが考えられる。例えば、1985年に日本電信電話公社が民営化され、NTTグループの施設管理を担う会社が設立された例や、英国のLABV(Local Asset Backed Vehicle)の例が参考になる。地方公共団体が管理する都市インフラの総量からみて、潜在的な市場規模は極めて大きく、将来、新たな大企業が複数成立する可能性を秘めている。
今後は我が国においても、地方公共団体、とりわけ専門的人材を抱えることが困難な小規模市町村が管理する都市インフラの維持管理・運営業務を、民間事業者が一括して担うような新たな産業創出の環境整備がなされることを期待したい。